この会社、女性オーナーが1台の壊れた活版印刷機を購入したところから始まりました。全く活版印刷機の知識のないオーナーが手探りで少しずつ修理し、汚れを落とし、実際に生産できるようにしました。その後活版印刷機をもう1台と断裁機を導入し、現在の体制を作り上げました。
この印刷会社、活版印刷機は持っていても活字は持っていません。理由は簡単、「活字を置いておくスペースがないから」。その代わり、樹脂板や木版(!)を使って刷っています。特に、木版は手作業の感じが残るためお気に入りだそうです。
「手作業感を活かす」という方針があるせいか、印刷物も1枚1枚出来上がりが違っています。日本の印刷品質基準からいえば、事故と判断されるレベルです。しかし、The Aesthetic Union とその顧客は「それが良い」と評価しています。
これは、サンフランシスコという場所が関係しています。郊外にシリコンバレーという世界最高のハイテク企業集積地帯があることから、サンフランシスコのデジタル化は日本よりも進んでいます。地元のお店では大体無料でWiFiが使えますし、私が泊まったホテルでは、フロントのスタッフが「We love Digital」というバッジを胸に付けていました。
こうした動きに対して、手作業とか手作りの良さを伝えるために、The Aesthetic Union はサンフランシスコにあえて工場兼店舗を構え、毎週土曜日には参加者が自分でカードを作るワークショップを開催しています。
そういえば、最近日本に上陸したブルーボトルコーヒーや、現地ではブルーボトルコーヒー以上に混んでいたサイトグラスコーヒーといった、注文を受けてから一杯づつ入れるタイプのコーヒー屋さんも、サンフランシスコやその郊外が発祥の地だったりします。これらも、ハイテクへの対抗意識から生まれたのかもしれません。
ところで、手作業感をウリにしているThe Aesthetic Union ですが、販売している商品は「小ロットの高級品」だったりします。活版印刷なのでデザインによって値段が大きく変わりますが、単色の比較的シンプルなデザインの名刺の価格は、350枚でおよそ300ドル(約36,000円)だそうです。
他社製品の価格ではなく、自分たちがやっていることの価値をもとに価格を設定するなんてカッコ良すぎです。この価格でも順調に仕事は集まっているようで、私が訪問した時にも古いハイデルベルグ社製の活版印刷機は大活躍していました。
これは私の推定ですが、日本の印刷会社で、デジタル印刷機を The Aesthetic Union の活版印刷機と同じくらいの稼働率で回しているところはそれほど多くないかもしれません。しかも、商材の販売価格は10倍程度。印刷ビジネスの観点から見ても、かなりすごい会社さんです。
世界には、本当に面白い印刷会社がたくさんありますね。こういう企業に「スゴイですね!」「面白いですね!」といわれるように、日本の印刷会社さんもどんどんイノベーションを進めましょう!その際には、ぜひお手伝いさせてください (^ ^)