印刷物をもっと「つくる」「使う」「残す」ことを支援する、ブライター・レイターのブログです。

2023年5月30日火曜日

このブックレット知ってる? . . . フリクション/ゾーン・トリッパー 発売記念 特製ブックレット

1995年10月25日、日本のロックバンド フリクションは4枚目のアルバム「ゾーン・トリッパー」を発売しました。フリクションは皆さんもご存知の通り、70年代後半にニューヨークで起こった音楽ムーブメント No Wave を牽引したひとりであるReck(レック, ボーカル・ベース)が帰国後に結成したバンドで、先日惜しくも亡くなられた坂本龍一氏との共同プロデュースアルバム「軋轢」でデビューしました。

前作(Replicant Walk, 3枚目)から7年ぶりということもあって、CD・レコードショップ ディスクユニオンは発売を記念したCDケースサイズのブックレットを製作、このアルバムを同店で購入した人に配布しました。いわゆるオマケです。実際、作りは「モノクロ印刷の中綴じ」というもので、バブルの残り香を感じる頃に製作されたにもかかわらず、オマケっぽさ全開です。


しかし、内容は以下のように充実していて、オマケっぽさは一切感じられません。それどころか、令和に「フリクションSUGEEEEE!」な感じを存分に伝えるメディアとして、十二分に機能しています。なお、ページ数は32とこちらも充実しています:

  • RECK Long Interview
  • Friction Discograph
  • Friction Live Review
  • フリクション研究小論文「フリクションと言葉の強さ」(沼田順氏)

特に「Friction Live Review」は、コンピレーションライブアルバム「東京ロッカーズ」(1979年)が録音されたライブのポスターをはじめ、様々なライブ告知のカッコいいチラシやアルバム発売時のステキなポスターなどがたくさん紹介されていて、今見てもドキドキします。

その中には、Reckがデザインしたライブ告知用チラシもあります。Reckが音楽ではなくグラフィックデザインの道に進んでいたら、どんな名作ポスター/チラシがつくられたのか、そんな妄想も広がります。これだけ多くのフリクション関係のグラフィックが掲載されている資料は、その後つくられていないと思います(私が存じ上げていないだけかもしれませんけど・・・)。

また、アルバムのタイトル曲「ゾーン・トリッパー」がアルバム発売の約1年前(1994年8月26日)に六本木ジャングルベースで演奏されていたことも記述されています。そういえば、「Discograph」では、アルバムタイトルが「軋轢」ではなく「FRICTION」と紹介されていました。こうした情報、ぜひ周りのフリクションファンの上司や同僚、お取引先ともどんどん共有しましょう(笑)



昨今、短期的なコスパやタイパを最適化・最大化するスマートさが高く評価される傾向にあります。このブックレットはこういったスマートさには少々欠けているかもしれませんが、その代わり愛とか情熱、そして荒々しさがたっぷり詰まっています。そのおかげもあって、中長期的なブランディング力はかなり高めだと思います。

入手したのを忘れたころ、大掃除のときなどに見つけて「このバンドやっぱりすごい!」「やっぱりこのブランド良いなぁ」と再確認できるプリント、これからもどんどん増えていくことを期待しましょう!

2023年5月23日火曜日

この本知ってる? . . . ルネ・マグリット展覧会カタログ "Peintures et Gouaches" (1994年)

 1948年、ベルギーの画家ルネ・マグリットはパリの画廊で個展を開きました。その個展では、「ヴァッシュの時代 (période vache)」と呼ばれる期間(1947年〜48年)に制作された(当時)最新の作品が発表されました。

今回ご紹介する本は、1994年にギャラリー・ロニー・ヴァン・デ・ヴェルデ (Gallery Ronny Van de Velde, ベルギー・アントワープ)で開催された、「ヴァッシュの時代」の作品を中心とした展覧会 "Peintures et Gouaches" のカタログです。


このカタログの魅力は、なんといっても『とても凝ったつくり』です。例えば、作品の図版は全て「貼り込み」です。貼り込みというのは、別の用紙に印刷して本に貼り付ける手法。こうすることで本とは異なる用紙や印刷方法で作品を印刷することができるため、作品の再現性を高めたりできます。1980年代以前の画集には、こうした「貼り込み」が使われた魅力的なものもありました。

他にも、複製されたマグリットの手紙がステープラーでとめてあったり、1948年の展覧会カタログ(複製版)が切り込みが入ったページに挟み込んであったり。本文もオランダ語・フランス語・英語の3ヶ国語表記ですし。単なる展覧会の記録ではなく、情報満載の資料集のようなカタログをつくってしまうところに、このギャラリーのマグリット愛の深さを感じます。



ところで、デアゴスティーニ社アシェット社などが出版している「週刊 XX」のような雑誌は「分冊百科」と呼ばれるのですが、この展覧会カタログを見ていると「写真集やスクラップブックの分冊百科とかもアリかも」と思えてきます。

例えば、好きなアイドルや推しのキャラクターの写真集/スクラップブック。「週刊 松田聖子」「週刊 郷ひろみ」「週刊 峰不二子」とか。毎週、その写真やシール、コンサートカタログ(復刻版)などが発売されて、それらを(初回に発売された)本にどんどん貼っていく。もちろん、雑誌などから自分で切り抜いた写真などを貼ったり、直接サインをもらったりするのもOK!

豪華版も用意されていて、その購読者には直筆サイン入り写真や当時レコード店に飾られていたPOP類、ポスターなどが送付されてきたり。お誕生日とかクリスマスには、直筆メッセージ入りのカードなど嬉しい贈り物が届いたり。

最近は小ロットで写真やシールなどを印刷することもできるので、デビューしたばかりの新人や地下アイドルなどの「週刊 XX」も出来ます。むしろ、その方がお宝感があって面白いかもしれません。まだまだステキなプリントはたくさん出てきそうで楽しみです!

2023年5月16日火曜日

このCD知ってる? . . . マーク・ボラン & T.レックス「ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー」(復刻版, 限定盤仕様)

1974年、マーク・ボラン& T.レックスはアルバム「ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー」(Zinc Alloy and the Hidden Riders of Tomorrow) を発表しました。マーク・ボランは、「ゲット・イット・オン」「20センチュリー・ボーイ」などで有名なグラムロックミュージシャンです。 このアルバムには、通常盤と限定版(1000枚)の2種類がありました。限定盤は凝ったジャケットが人気で、今でも中古レコード市場で高値で売買されています。

2001年、このアルバムが紙ジャケとして復刻されたのですが、嬉しいことにその際には「限定盤」仕様が採用されました。トリプル・ゲートフォールドと呼ばれるもので、ジャケットを左・右・上に展開できます。展開すると、見返り美男(!)なマーク・ボランが現れます。

しかも、展開する部分に格子状になるようスリットが入っていて、展開するに連れて少しづつマーク・ボランの顔が変わっていく仕掛けになっています。格子状になっているデザインから、このジャケットは「ケージ・カバー」(Cage, 檻、鳥かご、監獄、刑務所)とも呼ばれています("A Creamed Cage in August" というアルバムのサブタイトルにも関係しそうですが、ここでは深入りしません w)。



ところで、1974年の限定盤ジャケットの向かって右側展開部分(横向きにスリットが入っている部分)には、楽曲や写真などのクレジット(コピーライト)が記載されていて、この中にはギャロッド・アンド・ロフトハウス(Garrod and Lofthouse)という会社名もあります。

このジャケットを製作したイギリスの印刷会社で、英国のレコード会社EMIの(ビートルズを含む)アルバムのほとんどを製作した名門です。しかし、レコードがカセットやCDにとって変わられたことで仕事が減り、1988年に精算されました(EMIも2012年に音楽出版事業をソニーに、レコード部門をユニバーサル・レコードに売却しました・・・)

この印刷会社名、残念ながらこの復刻版CDのクレジット部分には記載されていません。ここまでは復刻されていないようです。ちなみに、様々な日本文学の初版本が復刻されている日本近代文学館のシリーズ「精選 名著復刻全集」では、初版本の奥付も復刻した上でその本の奥付も記載する、という形をとっています。復刻版のつくり方にも色々な流派があるようです。

もちろん、オリジナル版に触れる機会があれば、それを存分に愛でることにしくはありません。しかし、復刻版はオリジナル版の魅力を味わいつつ、オリジナル版と比較することで(クレジット表記のような)差異を楽しむこともできます。今回はご紹介していませんが、復刻版ならではのオマケ(ポスター)も付いていたりします。

名作の復刻版を見かけたら、ぜひ手に取ってオリジナル版の魅力・特徴を確認したり、復刻版ならではの面白さを楽しんだりしましょう!


#このCD知ってる
#このXX知ってる
#プリントマニア

2023年5月9日火曜日

この本知ってる? . . . イタリア未来派の展覧会カタログ "Parole in Liberta"

 "Parole in Liberta" は、1992年にイタリアで開催されたイタリア未来派の展覧会カタログです。たくさんの書籍や小冊子、新聞、カタログなどが図版も交えて紹介されています。何より、未来派らしい動きや音楽を感じることができるステキなデザインの本です(限定1000部)。


ほとんどのパートが黄色の厚手の紙に赤と黒で印刷されていますが、未来派の作家の写真が使われている部分には黒い紙が使われています。その写真は赤い枠で囲まれていてキャプションの文字も赤という、とてもカッコイイデザイン。全体を通して赤が映える、とてもイタリアらしさを感じるデザインです。


この本をさらに魅力的にしているのは、本を綴じるのに使われている2本のボルト。裏表紙側から六角ボルトが差し込まれていて、表紙側で六角ナットを使ってとめられています。本当に2本のボトルだけで綴じられていて、ボルトを外すとバラバラになります・・・


実は、この製本方法には元ネタがあります。イタリア未来派の中心人物の一人、フォルトゥーナ・デペーロ (Fortuna Depero) が1927年に出版した書籍 "Depero Futurista"(通称 The Bolted Book, ボルト本) です。

イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティが未来派宣言を出した1909年は、後に自動車王と呼ばれるようになったヘンリー・フォードがT型フォードの大量生産を始めた年でもあります。チャップリンの映画「モダン・タイムス」は、1936年に公開されました。工具を使った製本は、こうした時代の空気を反映したものでもあります。

では、現在の空気を反映した製本とはどんなものでしょう?例えば、「AI(人工知能)」を使った製本とか。もちろん、AIで製本の加工精度が高まったり、ミス・ロスが減ったりすることでしょう。

さらに、AIのお陰でこれまで難しかった/できなかった製本ができるようになったりすることも期待したいです。例えば、朝顔や時計草のような蔓性の植物で製本しつつ、その花を咲かせることができるような技術が開発されたり。

機能性の高い製本ができるようになったりするのも良いですね。例えば、会話ができる製本。何世代にもわたって大切にされてきた本が、「あなたのおじいちゃん、このお話が大好きでお母さんに何度も読んでもらってたよ」「このページの落書きは、あなたのお母さんが描いたもの」と教えてくれたり。

まだまだ製本は進化の余地が色々ありそうで面白そうです。ぜひ、製本にも注目しながら本を楽しみましょう!


#プリントマニア
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2023年5月2日火曜日

この本知ってる? . . . レーモン・クノー「100兆の詩篇」

「地下鉄のザジ」「文体練習」などで有名なフランスの詩人・小説家、レーモン・クノー (Raymond Quneau) は、1961年に「100兆の詩篇」(Cent mille milliards de poemes) という本を出版しました。

これはソネット(14行詩)が10ページにわたって印刷されている本なのですが、行単位でページをめくることができるようになっています。読者は、自分の気に入った行を組み合わせて自分だけのソネットを作ることができます。


ただし、その組み合わせは全部で10の14乗 = 100兆通り(書名にもなっている「100兆」というのは、この数です)。その全てを読んでその中からお気に入りの組み合わせを見つけることは、残念ながら現実的ではありません・・・

この本には、イギリスの数学者アラン・チューリングの「機械が書いたソネットを鑑賞できるのは、機械だけである」といった意味の言葉が書かれています(Seule une machine peut apprécier un sonnet écrit par une autre machine )が、AIなら100兆のソネットを全部読んでその中からお気に入りを見つけることができるかもしれません。もっとも、AIが「お気に入り」を選べるロジック/アルゴリズムを持っていればですけど。

このようにとても面白いコンセプトの本ですが、プリントマニアとして注目したいのは、そのつくり方。こちらは2003年の復刻版ですが、本の「のど」や「小口」から見える行間部分の切り口を見ると、1ページずつ(行単位でめくることができるよう)抜き加工をした後に製本したように思えます。


この本には、名刺などにも使われているケント紙のような厚手の用紙が使われています。ソネット部分の前のページには2つ折りされた大きな用紙が使われていて、行単位でめくれるように加工されたページをしっかりと抑えられるようになっています。こうした仕様も、「抜き加工後に製本」し易いように工夫されているような。

実際、どのように製本されたのか。ぜひ、出版社(フランス・ガリマール社)にお伺いしたいです。

ただ、そんなに簡単なものではなさそうです。というのは、2013年、水声社からこの本の日本語版が出版されたのですが、日本語版では行ごとにめくることができるような加工はされていなかったからです(確か、行間に点線が印刷されていて、読者が自分で切ることができるようになっていたと思います)。プリントマニアとしては、この加工がされた日本語版の出版を期待します!


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