印刷物をもっと「つくる」「使う」「残す」ことを支援する、ブライター・レイターのブログです。

2023年7月18日火曜日

奈良時代(770年ごろ)の印刷物、触ったことある?

先日、「現存する世界最古の印刷物」の百万塔陀羅尼(だらに)に実際に触れられる機会がありました。百万塔陀羅尼は、法隆寺奈良国立博物館印刷博物館モリサワ奈良大学龍谷大学など様々なところが所蔵していて、実物を見る機会は結構あったりします。しかし、それらはケースに入っていて、実際に手にできる機会は滅多にありません。

今回手に取ることができたのは、東京・神保町の東京古書会館で開催された「令和5年 明治古典会 七夕古書大入札会」(2023年7月9日)に出品されたものです。お世話になっている古書店主さんと一緒に、その下見会(7月7日・8日開催)にお伺いしました。


百万塔陀羅尼は、印刷された陀羅尼経が木製の小さな塔に収められているもので、奈良時代(770年ごろ)につくられました。その名の通り100万基つくられましたが、現在は4万数千基のみが残っていると言われています。

今回出品されたものは、そのうちのひとつ。下見会場ではガラスケースの中に展示されていて、係員の方にお願いすると取り出していただけます。手に取った木製の塔は、ちょうど手のひらに収まるくらいのサイズ感でした。また、存在感のある見た目とは違って、軽かったのが印象的でした。


は、印刷物が収められている「塔身部」と、フタの役目も果たす「相輪部」から成っています。塔身部・相輪部ともに複雑な形状で、しかも100万基と大量に製作されたので、実際に手にするまでパーツを組み合わせて製作されたものだと思っていました。

しかし実際は、塔身部・相輪部とも、それぞれ1つの木材から職人さんが轆轤(ろくろ)と鑿(のみ)を使って削り出している、とても大胆かつ繊細に加工されたものでした。塔身部の底には、作業のために轆轤に釘のようなものでしっかりと固定された跡も残っています。塔身部の「笠」(出っぱった部分)も含めて柔らかい美しい曲線が多く使われていて、手触りも良く、ついつい時間を忘れて見入ってしまいました。

塔に納められている陀羅尼経も、インク(墨?)が掠れもなく黒々と丁寧にプリントされています。プリントも塔もとても丁寧につくられていることから、当時の乱で亡くなった方々の菩提を弔い、また鎮護国家を祈念する真摯な気持ちが伝わってきます。

プリント方法については木版説と銅版説がありますが、大量にプリントするためには、版は複数あったと考えられます。実際、今回の大入札会に出品された陀羅尼経は、例えば、法隆寺が保管しているものとは異なっています。

大入札会バージョンの陀羅尼経では、左から(終わりから)8行目・9行目の行頭文字(「九」「十」)に注目すると、これらの文字は他の行頭文字よりも少し上に飛び出していることが分かります。

これに対して、奈良県印刷工業組合のサイトに掲載されている法隆寺から提供された写真では、「九」「十」の文字は他の行頭と高さが揃っています。また、大入札会バージョンの方が、多少文字の間隔があいているような。


陀羅尼経の紙質については、今回は手に取らなかったので分かりません。申し訳ありません・・・見た限りでは状態はとても良かったのですが、なにせ1,500年以上前の紙です、チキンな私はひよってしまいました・・・その前に手に取った大正時代の本の紙が、すっかりボロボロになっていたりしましたので。

下見の後、このステキな百万塔陀羅尼を気に入って、本気で入札しよう思い同行していただいた古本店主さんに予想価格などご相談しました。頭の中では色々金策を考えたり。入手できれば、好きな時に好きなだけ百万塔&陀羅尼経を楽しむことができますから。

実は、大入札会の目録には入札最低価格・落札予想価格、出品物の状態などが表記されていません。そのため、入札に当たってはプロ(=古書店さん)のアドバイスが不可欠です。今回いただいたアドバイスによれば、今回の百万塔は状態も比較的良く、また高名な美術史家 会津八一氏の箱書きがついていたりして高額になりそうとのこと。そのため、今回は入札を断念しました。とても残念です。次の機会を待つことにします。

ところで、七夕古書大入札会は毎年開催されていて、びっくりするようなものがたくさん出品されます。今年も、以下のような「え、こんなモノが!?」というものがありました:



時と国境を超えて楽しむことができるプリントって、本当にいいものですね!